2017-08-15

現在の台湾と韓国における対日意識の差の原因について考えてみた。

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前回のインタビュー記事をきっかけに「なぜ、台湾と韓国は同様に大日本帝国による植民地支配を経験したのに、何故その後の対日関係が違うのか?」という疑問が出てきたので、終戦記念日の今日は、現在の対日意識の差が生まれた原因として考えられる材料を、歴史的背景を中心にいくつかまとめてみました。

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<台湾>

-日本の植民地支配以前-
・当初、清王朝の領地であったが、辺境の地であったため、開発の手が及ばなかった。つまり、植民地時代以前の台湾には国としての歴史がなかったので、国民としてのアイデンティティーが薄かった。

-日本の植民地支配-
・植民地支配は当初、武力支配であったが、文化統治に移行した。そして、間接統治と同化政策を並行して行ったため、反発や抵抗が少なかった。

-第二次世界大戦後-
・日本の敗戦後、中国国民党といった外省人の、大陸から台湾への進出とその暴政、2・28事件の住民虐殺と、戦前の日本が台湾で行った国土開発と近代化といった、未来の発展への貢献の度合いを比較した結果、まだ植民地時代の方が良かったと思う人が多かったこと。

-現在-
・最近の台湾の学校教育で使われる歴史教科書には、日本の植民地時代に関して、肯定的意見・批判的意見の両方の記述がある。
・現在の日本とは尖閣諸島といった領土問題は存在するが、それ以上に中国本土との対立があるので、政治的な優先順位が低い。


<韓国>

-日本の植民地支配以前-
・歴史ある朝鮮王朝を擁し、独自の文化が形成されており、ある程度以上の国民には国に対する帰属意識(ナショナリズム・アイデンティティー)があった。そして、韓国はもともと1000年を超える文化の蓄積があったため、また、韓国人の激しい気性と自尊心の強さや、明治時代以降に先進国の地位が逆転したことに対する嫉妬もあって、日本の一方的な植民地支配には、自然と排斥感情が生まれた。

-日本の植民地支配-
・植民地支配は武力支配で、同化政策のみ行った。

-第二次世界大戦後-
・韓国は、李承晩初代大統領が、独立後に親日派の勢力を徹底的に排除し、反日教育を行い、その流れは後世にも継承された。
・朝鮮戦争時の日本の朝鮮特需の存在と、それに対する反感があった?
・朝鮮戦争後の軍事政権で政治を行ったのは、日本軍に所属経験があった韓国人の軍人が中心であったため、「暴政=日本軍政の延長」というイメージが残った?

-現在-
・中国本土と同様に、反日・排日運動を国家統合及び、対日外交の道具として使っている
・日韓基本条約や数度に渡る日本側の公式謝罪が、韓国の市民レベルの認識では、これまで一度も謝罪をしたことになっていない。
・最近の韓国の学校教育で使われる歴史教科書には、日本の植民地時代に関して、批判的意見をさらに誇張した内容が多く、肯定的意見がほとんどない。


<まとめ>
一見、同じように思えた台湾と韓国の植民地時代も、少し掘り下げただけでいろいろと違いが出てきたので、現在にまでその影響が及んでいるのは当然かもしれないと思います。また、歴史教育の差や、政治における過去の歴史の使い方の違いも、現代の対日意識に大きく影響を与えていると思いました。

それから今回、台湾側の資料として参考にした『台湾新潮流』(河添恵子)という本に、
「台湾人は過去を許したが、忘れてはいない。」
「多くの台湾人は過去を恨んでいるのではなく、過去の関係がまるでなかったかのように、つれない戦後の日本の態度に、寛大な心で我慢強くアプローチをしてくれていた」
という記述がありました。結局のところ、過去にとらわれすぎずに、現状を見て将来をどう改善していくのかが重要な気がします。


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